ていないブログ-ゆるミニマリストで整理収納アドバイザーなインテリア好き音楽オタク主婦の雑記

ゆるミニマリストで整理収納アドバイザーの主婦「ていない」による雑記ブログ。グルメや裏技、芸能音楽記事が豊富。ミニマリストブロガーインタビュー&いろんな職業インタビュー大好評連載中。

「内田裕也ロックンロール葬」崔洋一弔辞抜粋|裕也さん、安らかに眠るな!

にほんブログ村 にほんブログ村へブログ村のランキングに参加しています。
応援してくれたら嬉しいです。
読んだよの合図におばけちゃん(猫)のお腹をポチッとお願いします。 

崔洋一監督の内田裕也へのほとばしる愛情と激情を感じる弔辞「裕也さん、安らかに眠るな!」

2019年4月4日。

3月17日に79歳で永眠した内田裕也のお別れ会「内田裕也Rock'n Roll(ロックンロール)葬」が東京青山斎場で行われました。

 

内田裕也さんと崔洋一監督は1970年代後半の助監督時代に出会ってから、共に映画を作り、晩年のドキュメンタリー映画「転がる魂・内田裕也 ザ・ノンフィクション」も手がけた崔洋一監督。

「京都国際映画祭2018」では内田裕也さんの車椅子を押して共に登壇しておられました。

つまりは内田裕也さんととても関わりの深い方だったということ。

 

崔洋一監督の熱い思いと2人の絆を強く感じさせる弔辞でした。

 

私は斎場で参列したので弔辞を聞いたのですが、テレビやネットではあまり取り上げられてない…この記事ではいろいろな情報を総合して、どのような弔辞だったのかを抜粋し、私の記憶とつなぎ合わせて組み立て直します。(ソースは最後に表示)

 

「内田裕也ロックンロール葬」崔洋一弔辞抜粋|裕也さん、安らかに眠るな!

出典:https://www.sponichi.co.jp/

 

 

崔洋一監督と内田裕也さんの42年間

あっという間の42年でしたね。

私が助監督のころ、「最も危険な遊戯」の出演交渉に行ったのがきっかけで、お付き合いさせていただくようになりました。

フランネルのジャケットに、アンティークのバーバリー。こんなセンス、こんなおしゃれな人がいたんだと印象づけられました。

1982年の夜中の2時ごろ。

裕也さんから電話がかかってきて、「頭に来たから映画を作ろうよ。俺は新しい人と組みたいんだ!」と言われました。

受話器から裕也さんがガンガンと飛び出してくる。

その時作った映画が私の監督デビュー作になりました。

頭越しの政治あり、どう喝まがいの説得あり、何でもありの、たった2人の強固なゲリラ部隊。

そしてわれらの物語『十階のモスキート』は、多くの人の力を借り幸せな映画になりました

 

 

新しい価値観、先駆者としての内田裕也の存在をリスペクト

私の中でも彼の出演した映画はいろんな形で残る。

何よりも若い人たちに裕也さんの若い頃の歌を聴いてほしいんです。

大ヒット曲はないけれども、心にしみる歌を残してくれた。

新しい価値観、先駆者としての裕也さんの仕事は本当にリスペクトできるなと思います。

映画の世界でも、裕也さんは既存のプロデューサーや映画会社が考え付かないようなことをどんどん切り込むというか、球を投げてくるというか、石を投げてくるというか。

受け止めた一人が私だったり、滝田洋二郎もその一人。

無名で貧乏な若者たちを彼は積極的に世の中に出してくれた。

 

裕也さん、安らかに眠るな。あらぶる魂を永遠に我らに。

あなたのフィルモグラフィーです。

(内田裕也が出演した映画作品を全て読み上げる)

万感の思いで大勢の仲間があなたを見つめています。あなたの目の前にいる私たちは、あなたに恥じない生き方をしたいだけです。

不謹慎ではあるけれど、すがすがしい一陣の風でした。

優しくない風ですが、荒々しくわれわれの前を駆け抜けていきました

ご家族のみなさま、非礼な言葉をお許し下さい。

裕也さん、安らかに眠るな。

あらぶる魂を永遠に我らに。

 

内田裕也の晩年を映画化した崔洋一監督だからこそ言える弔辞

「内田裕也Rock'n Roll(ロックンロール)葬」斎場で崔洋一監督の弔辞を聞いて

https://www.daily.co.jp/

 

最初の弔辞は堺正章さんでした。

笑わせて泣かせる、マチャアキらしい温かな弔辞。

終わると斎場に拍手が起こり、場内はマチャアキの柔らかいムードに包まれました。

そのあとの崔洋一監督の弔辞は、とても熱がこもっていて、力強かった。

斎場に、そして裕也さんの遺影に、ぶつけるような弔辞でした。

 

シーナ&ロケッツの鮎川誠さんも弔辞でデビューの道筋を作ってもらったと言ってましたが、崔洋一さんも監督デビュー作は内田裕也さんが発案者であり、企画、主演もしていました。

つまり内田裕也に見出された才能なのです。

内田裕也さんが日本の芸能誌、映画史、ロック史に名を残したのはもちろんのこと、他にも沢田研二が所属するザ・タイガースなど内田裕也さんは若い才能を多数発掘したという点も彼の大いなる功績なのではないかと思います。

 

最後に「裕也さん、安らかに眠るな。あらぶる魂を永遠に我らに。」と言葉をしめたとき、場内はシーンを水を打ったように静まり返ったのを覚えています。

裕也さんの良い時も悪い時も、家族以上に長い時間を共に過ごした、内田裕也に才能を見出され、そして心から内田裕也を愛しリスペクトしていた人の魂の叫びのように感じました。

 

関連記事

その他の「内田裕也ロックンロール葬」弔辞は全文文字起こししています。

 

www.teinai.work

www.teinai.work

www.teinai.work

 

内田裕也さんへの崔洋一監督弔辞抜粋の出典は以下

www.sponichi.co.jp

www.nikkansports.com

 

参列した感想はこちら

www.teinai.work