CDを断捨離しよう|音楽は聴くもので、所有することで自分の価値を示そうとするのはダサい

結婚前、私はCDを2000枚所有していました。

その頃の私の価値は「CDを2000枚所有している人」でした。

いつの間にかCDは、好きな音楽を聴くための手段ではなく、自分の価値を示すためのシンボルになっていました。

本当に好きなアルバムだけを残して残りを処分したことで、私はもう一度音楽が大好きになりました。

 

大切なのはコレクションすることじゃない。CDや本を断捨離して人生の棚卸をしてみませんか?

 

CDを1000枚断捨離したら、ますます音楽が好きになった|捨残撫

 

 

CDの量が多ければ多いほど、偉くなった気がしたのは自分に自信がなかったから

私は結婚前に、30平米ほどの部屋で1人暮らしをしていました。

洋服などは多くはありませんでしたが、音楽オタクで、

  • CDを2000枚
  • レコードを300枚
  • バンドTシャツを50枚

くらい所有していました。

ただ、所有している2000枚のCDのうち聴いているのは20枚くらいでした。

200枚くらいは一度も聴いたこともないまま棚に並んでいました。

レコードに至っては、5年以上前のプレイヤーが壊れて処分してから聴くことすらできない状態。

いつかレコードプレイヤーを買ったら聴くかも…と、所有を続けていました。

バンドTシャツも惰性で買うだけで、太ってしまい着られないものがほとんどでしたが、処分するのはなんとなく気がひけるのでずっと持っていました。

 

いつの間にかCDは棚を他人に見せるためのものになっていた

最初は音楽が好きでCDやレコードを買っていたはずが、「CDをたくさん所有していること=音楽が詳しい=私の存在価値」という三段論法から「CD=私の価値」というようなおかしなことになっていきました。

いつの間にか私は、音楽を聴くことを楽しむのではなく、CDをたくさん所有することに意味を見出していきました。

10代20代の頃は純粋に音楽が好きでわくわくしながら音楽を聴いていたはずのCDたちが、誰かが家に遊びに来た時にCDのコレクションを見せて「すごいね」と褒められるため、人に認められるためのアイテムになっていきました。

レコードも「持っていることがおしゃれ」な気がしていたのかな?

棚を埋め尽くしているCDやレコードを見て、なんとなく自分が偉くなったような気がしていました。

 

コンプレックスの塊だった私の心のすきまをCDで埋めていた

多分、40を前にして結婚もしてない、大した仕事もしてないという劣等感を補うために、心のすきまをCDやレコードというモノで埋めていたのだと思います。

何者でもない自分を、部屋を埋め尽くすCDやレコードが「音楽が詳しい人」にしてくれると思い込んでいました。

CDを所有したがるのはコンプレックスゆえと薄々気がついていたのだけれど、目をそらして気づかないフリをしてきました。

私は30歳を過ぎたあたりからあまり家で音楽を聴かなくなり、家にあるCDは10年以上前に買ったものがほとんどでした。

自分の部屋で最も存在感をはなつ音楽を記録した媒体。

ほとんど聴いてないくせに、捨てられない…というかCDにすがっていました。

 

レコード300枚とCDを1000枚断捨離したら音楽が楽しくなった

結婚を期にえいやっと半分以上を処分しました。

レコードは欲しがってくれた知人に譲り、CDは半数程度は処分して残りはケースから取り出しファイルに保管、Tシャツは一部を譲りあとは処分しました。

私は「CDを持っている音楽に詳しい人」から「ただのていない」になりました。

CDがなくなると誰かに「ていないさんは、音楽が詳しいんだね」「ていないさんはCDをいっぱい持っていてすごいね」と言われなくなりました。

とても心が軽やかになりました。

アマゾンミュージックアンリミテッドに入会したら、また学生時代のように新しい音楽を聴くようになりました。

家には本当に好きなアルバムだけが残ったので家にあるCDも以前よりも聴き返すようになりました。

CDとレコードを大量に処分したのをきっかけに、10代20代の頃のようにまた音楽を楽しめるようになったのです。

 

大切なモノを処分する必要はないけれど、所有することに意義を見出すことは断捨離しよう

私はCDとレコードを大量に断捨離しました。

でも、音楽を断捨離したのではありません。

もう聴かなくなった(聴けなくなった)音楽ソフトを処分することで、いつの間にか所有することに価値を見出してしまったコレクションとしてのCDではなく、音楽そのものにスポットを当て直すことができました。

生活必需品じゃなくても、好きなモノを処分する必要はないと思います。

ただ、今のあなたのコレクションは本当に今もあなたの好きなモノですか?

所有していることに意義を見出していませんか?

一度自分の所有しているモノを棚卸してみてください。

人間のキャパシティは限りがあるので、何かを捨てないと新しい何かを手に入れることはできないのではないかと思います。

いらないものを捨てることで、新しい出会いがやってくるかもしれません。

 

【捨残撫(シャザム)メソッド】

私は「捨残撫(シャザム)」というお片づけを提案しています。

「捨残撫(シャザム)」は、

  • 捨:捨てるモノ
  • 残:残すモノ
  • 撫 :いつくしむ

という意味で、「大好きなモノに囲まれて心地よく暮らす」という「家に何を残すか」にスポットを当てていくお片づけのメソッド(方法)であり「お片づけ」や「ゴミ捨て」そのものも指し示すことができる言葉です。

私はゆるミニマリストを自称し、整理収納アドバイザーの資格も取得しましました。

片付けと向き合って感じたことを「捨残撫(シャザム)」のメソッドに込めています。

 

みんなが断捨離したもの

いろんなブロガーさんに断捨離したものについて寄稿をしていただいてます。

 

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